オレ的スポーツニュース速報

様々なスポーツに関する情報をまとめます。

【一度は行ってみたい】歴代オリンピック開催都市【OLYMPIC】


この記事は私がまとめました

国際オリンピック委員会が開催する世界的な総合スポーツ大会で、現在、夏季大会と冬季大会の各大会が4年に1度、夏季大会は西暦で4の倍数の年、冬季大会は4の倍数でない偶数の年で2年ずらして開催されるので、2年に1度開催されることになる。

19世紀末のパリ大学ソルボンヌ大における会議でフランスのピエール・ド・クーベルタンが古代ギリシャのオリンピアの祭典をもとにして世界的なスポーツ大会を開催する事を提唱し、決議された。

夏季と冬季に大会があり、夏季オリンピック第1回は、1896年にアテネ(ギリシャ)で開催され、2度の世界大戦による中断を挟みながら継続されている。冬季オリンピックの第1回は、1924年にシャモニー・モンブラン(フランス)で開催された。

冬季オリンピックが始まった当初は夏季オリンピックの開催国の都市に優先的に開催権が与えられてきたが、降雪量の少ない国での開催に無理が生じることから1940年代前半に規約が改正され、同一開催の原則が廃止された。

出典i1.wp.com

開催都市は北半球がほとんどである。南半球では冬季大会の開催が皆無、夏季大会もオーストラリアのメルボルン、同じくオーストラリアのシドニー、ブラジルのリオデジャネイロの3大会のみである。

また、開催都市の大半が欧州・北米にあり、夏季大会開催都市はアジアでは東京・ソウル・北京の3都市、中南米ではメキシコシティ・リオデジャネイロの2都市、オセアニアではメルボルン・シドニーの2都市のみである。

アフリカに至っては南アフリカ共和国が候補に挙がった事があるが未だに開催されていない。これも、アジア・中南米・アフリカに経済力を持つ国が少ない事が関係している。

開催を行うに際しては、各国・地域でオリンピックの開催を希望する自治体からの審査・ヒヤリングを各国・地域オリンピック委員会が行い、まずその国・地域内でのオリンピック開催候補地1箇所を選ぶ。その候補地を国際オリンピック委員会に推薦し正式に立候補を行い、国際オリンピック委員会総会において、委員会理事による投票で過半数を得ることが必要である。

ただし投票の過半数を満たしていない場合、その回の投票における最下位の候補地を次の投票から除外する仕組みで繰り返し過半数が出るまで投票を繰り返す。

夏季オリンピック開催都市

第一回オリンピック

国名:ギリシャ

開催年:1896年

西洋文明の揺籃や民主主義の発祥地として広く言及されており、紀元前4~5世紀の文化的、政治的な功績により後の世紀にヨーロッパに大きな影響を与えたことは知られている。今日の現代的なアテネは世界都市としてギリシャの経済、金融、産業、政治、文化生活の中心である。

ギリシャで行われていた古代オリンピックは当時最大級の競技会であり、最盛期にはギリシア世界各地から選手が参加した。ギリシア人はこれを格別に神聖視し、大会の期間およびそれに先立つ移動の期間、合計3ヶ月ほどをオリュンピア祭のための休戦期間に挙げた。

参加国・地域:14

参加人数:241人

主な日本人選手:参加なし

古代オリンピックに感銘したピエール・ド・クーベルタン男爵により提唱され、参加者は男子のみであった。財政事情により、第1回オリンピックでは金メダルは無く、優勝者には銀メダル、第2位の選手には銅メダルが贈られ、第3位の選手には賞状が授与された。

当時は国家単位ではなく個人名義による自由出場だったため、国混合チームが出場していた。オリンピック賛歌はこの第1回アテネオリンピックにおいて演奏されたものである。

第二回オリンピック

国名:フランス

開催年:1900年

フランス最大の都市であり、同国の政治、経済、文化などの中心である。ロンドン、ニューヨーク、香港、東京などと並ぶ世界トップクラスの世界都市でもある。

パリは年間外国人観光客数が世界一の観光都市である。歴史的な建物を観ることができ、ルーヴル美術館、ポンピドゥーセンターなどを始めとした一流の美術館で厖大な数の一流の美術品を観賞できる。また世界最古のバレエ団や、世界で最も古くから存在している劇団などの公演を楽しむこともできる。

参加国・地域:13

参加人数:1,225人

主な日本人選手:参加なし

万国博覧会の附属大会として行われたため、会期が5か月に及ぶことになった。大会運営も混乱をきたし、メダルが実際に選手に届いたのは2年後のことであったといわれている。

この大会は陸上競技のみを正式に五輪競技とした一方、他の競技の勝利もIOCが公式に認めているため運営上矛盾が存在する。凧揚げ・魚釣りなどの風変わりな競技もあったほか、射撃では鳩を的にして鳩を撃つ競技が行われた。

第三回オリンピック

国名:アメリカ合衆国

開催年:1904年

隣接するイーストセントルイスとともに全米有数の犯罪都市としても有名であり荒廃したスラムが広がるが、危険地域さえ踏み入らなければ、治安はそこまで悪くはない。

家賃、公共交通費、水道光熱費、食費などを含め、全米の大都市圏で最も物価が安く、交通機関も整備されていることから生活しやすい都市の一つにも挙げられている。また、最もフレンドリーな都市としても紹介されたことがあり、域内にある大学をはじめとする教育機関は数多くの留学生を受け入れ、日本人居住者も多い。

参加国・地域:13

参加人数:689人

主な日本人選手:参加なし

オリンピック史上初めて北米大陸で開催され、パリオリンピック同様、万国博覧会を兼ねて開催された。内陸部にあるセントルイスまでの交通難、さらに同年の日露戦争勃発による国際関係の緊迫化などを理由に、ヨーロッパ勢は大幅に参加国が減少した。

91種目中42種目ではアメリカ以外の参加者が不在で行われ、金メダル数でも全96個中アメリカが78個を獲得して、近代オリンピックでは空前絶後の独占率となった。

第四回オリンピック

国名:イギリス

開催年:1908年

ロンドンは屈指の世界都市として、芸術、商業、教育、娯楽、ファッション、金融、ヘルスケア、メディア、専門サービス、調査開発、観光、交通といった広範囲にわたる分野において強い影響力がある。

世界的な文化の中心でもあり、世界で最も来訪者の多い都市であり単一の都市圏としては世界で最も航空旅客数が多い。欧州では最も高等教育機関が集積する都市であり、ロンドンには大学が43校ある。文化的な多様性があり、300以上の言語が使われていると言われている。

参加国・地域:22

参加人数:2,035人

主な日本人選手:参加なし

初めて国旗を先頭にした入場行進が行なわれるようになった。本来ローマで開催される予定であったが1906年にイタリアのヴェスヴィオ山が噴火し、その被害がローマにも出たため、急遽ロンドンでの開催となった。この大会からオリンピックの参加が各国のオリンピック委員会を通じて行われるようになった。

マラソンは時の王妃アレクサンドラが、「スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のボックス席の前に」と注文したために42.195kmという半端な数字になったとする逸話がある。

第五回オリンピック

国名:スウェーデン

開催年:1912年

北欧を代表する世界都市であり、「水の都」、「北欧のヴェネツィア」ともいわれ、水の上に浮いているような都市景観をもつ。北欧で最大の人口を誇り、バルト海沿岸では、サンクトペテルブルクに次いで第2位。

18世紀以降、ストックホルムは、直接戦火に巻き込まれなかったため、20世紀以降は、現代的な多民族都市へと成長、クララ地区など古い歴史的町並みは、現代建築に建て替えられていった。最近になって移民が独自のコミュニティーを形成し始めている。

参加国・地域:28

参加人数:2,437人

主な日本人選手:三島弥彦、金栗四三

男子の近代五種競技が初めて競技に採用された。女子が正式種目になるのは2000年のシドニーオリンピックからである。日本の入場行進時のプラカード表記が、オリンピック史上、唯一「NIPPON」であった。

陸上競技で短距離の三島弥彦とマラソンの金栗四三の2名が出場したが、三島は400メートルの準決勝で棄権、金栗は10000mを棄権してマラソンに出場、54年8ヶ月6日5時間32分20秒3で世界一遅いマラソン記録を残している。

第六回オリンピック【中止】

国名:ドイツ

開催年:1916年

第二次世界大戦後、ベルリンは東ドイツの首都である東ベルリンと、西ドイツの事実上の飛び地で周辺をベルリンの壁で囲まれた西ベルリンに分断された1990年のドイツ再統一によりベルリンは再び首都としての地位を得ている。

経済的にはサービス産業を基盤とし創造産業やメディア産業、コンベンション会場などが包括されている。ベルリンはまた、欧州大陸の航空や鉄道交通の中枢でもあり、代表的な観光地である。現代の都市ベルリンは発展の一方で、特に東側の人口停滞などから都市構造の変革が進められている。

参加国・地域: ―

参加人数: ―

主な日本人選手: ―

第一次世界大戦により、開催が中止された。戦争の長期化を予測できなかったため1914年の第一次世界大戦の勃発後も組織委員会は維持されていたが、最終的には大会はキャンセルされた。この大会の候補地としては、アレクサンドリアとブダペストも立候補していた。

大会競技場として、4万人を収容できる競技場が1912年から1913年にかけて整備された。また、スピードスケートなどの冬季競技の実施も計画されていた。「みなし開催」としてカウントされている。写真は競技場竣工イベントの様子。

第七回オリンピック

国名:ベルギー

開催年:1920年

大きな正統派ユダヤ人のコミュニティがあり、そこから「西のイェルサレム」との綽名がある。ダイヤモンド研磨用の円盤を発明したローデウィク・ファン・ベルケン もユダヤ系ベルギー人であり、この発明によってダイヤモンド取引およびカット・研磨の中心として著名になった。

アントワープ王立芸術学院があり、優れたファッション・デザイナーを輩出している。特に1980年代に頭角を現してきた6人は「アントワープの6人」と呼ばれ、現在でも国際的に活躍している。

参加国・地域:29

参加人数:2,607人

主な日本人選手:熊谷一弥、柏尾誠一郎

第一次世界大戦後に初めて開催されたオリンピックで、第一次世界大戦の敗戦国であるドイツ、オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、トルコは大会に参加することを禁止された。のちにノーベル平和賞を受賞するフィリップ・ノエル=ベーカーも出場している。

日本人としては男子テニスの熊谷一弥と柏尾誠一郎が、日本人のスポーツ選手として史上初めてのオリンピック・メダル(銀メダル)を獲得した。

第八回オリンピック

国名:フランス

開催年:1924年

セーヌ川の中洲シテ島は古くからセーヌ川の渡河点であり、紀元前3世紀ごろからパリシイ族の集落ルテティアがあった。ローマ時代のルテティアはシテ島からセーヌ左岸にかけて広がっており、ローマが衰退すると左岸の市街地は放棄され「パリ」と呼ばれるようになった。

戦後のパリでは主に郊外で人口が急増した。環状高速道路ペリフェリックをはじめとする高速道路網や、郊外と都心を直結する鉄道RERなどが整備され、ラ・デファンス地区がオフィス街として開発された。

参加国・地域:44

参加人数:2,972人

主な日本人選手:内藤克俊

それまで競技運営の連絡などには大きなメガホンが使われていたが、この大会からマイクロホンが使われるようになり観客の大歓声にかき消されることなく連絡が行われるようになった。また選手村もこの大会より開設されている。

1981年公開のイギリス映画「炎のランナー」はユダヤ人のハロルド・エーブラムスと、神のために走るスコットランド人宣教師エリック・リデルがパリオリンピックへ赴いている。

第九回オリンピック

-Uncategorized

×