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コーチの老後の面倒を見る…競泳松田丈志が引退…久世コーチとの28年間の絆


▼また1人、競泳界のレジェンドが引退した

生年月日 1984年6月23日
出身地 宮崎県延岡市
身長 184cm
体重 84kg

アテネ五輪から4大会連続でオリンピックに出場。
2008北京 200Mバタフライ 銅メダル
2012ロンドン 200Mバタフライ 銅メダル
        400Mメドレーリレー 銀メダル
2016リオ 800Mリレー 銅メダル

成年男子400メートル自由形決勝が行われ、五輪3大会連続メダルの松田丈志(32)=宮崎・セガサミー=が現役生活最後のレースを行い、3分51秒12の3位で表彰台に上った。

▼アテネ大会から4大会連続の五輪出場、通算4個のメダルを獲得

▼そんな輝かしい成績を残した松田選手を28年間支え続けた久世由美子コーチ

久世由美子コーチは、1947年、熊本県生まれ。旭化成に所属する競泳実業団選手でした。

1979年に東海スイミングクラブを設立すると、まだ4歳だった松田丈志が入会。ここから水泳の指導が始まります。

高い目的意識を与え工夫する努力を教え込むという久世由美子コーチの熱心な指導により、小学生の頃に頭角を現しはじめました。

▼高校生で日本代表に選出され、大学からも多数のオファーがあったが…

その後の大学進学でも多数からのオファーがあった中、「コーチが一緒でなければ地元に残る」と決めて ついにコーチ共々受け入れて大学が中京大学だった 事から何と久世コーチと共に上京。

ふるさと宮崎を離れ大学に進学したときも久世コーチは同行し、ひとつ屋根の下で共同生活。コーチだけでなく、お母さんの役割も果たしてきたのです。

久世コーチにも家族がいる中で、この決断は本当にすごい…

松田選手と久世コーチが親子すぎるんだけど、本人の親はどう思ってるのこれ…

▼2008年北京で銅メダルを獲得後、松田選手に危機が訪れる

2008年末には所属していたミズノとの契約が満了。直後にレオパレス21と契約したが、金融危機による同社の業績悪化によってたった1年で契約が終了し、久世由美子コーチとスポンサー探しに奔走することになった。

スポンサーがいない状態で、オリンピックへ向けて練習するのは、かなり不安定な環境です。そこで、久世由美子コーチは、スポンサーを探すため、累計600通にもわたる手紙を書きました。

株価が好調な会社を見つけては、必死にスポンサー契約のお願いの手紙を送る毎日。久世由美子コーチは、松田丈志が少しでも安心して練習に励むことができるように、ひたすら企業へ手紙を送り続けたのです。

そんな中、コスモス薬品がスポンサーとして名乗りを挙げ、契約を結びました。契約終了後は、セガサミーホールディングスに所属しています。

2010年、北京五輪から2年後にようやくスポンサーが決定しました。

▼松田選手のラストレース、岩手国体で久世コーチは…

松田選手はこの2人に日本の自由形の未来を託している。

レース後に松田選手を労らった江原選手、小堀選手。

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