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父と掴んだ銀メダル!村岡桃佳がパラリンピック日本メダリスト1号に


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村岡桃佳選手が平昌パラリンピックメダリスト第一号に!

nyokikeさん

▼平昌パラリンピックのアルペンスキー女子滑降(座位)で村岡桃佳が銀メダルを獲得!

平昌冬季パラリンピック10日、旌善アルペンセンターなどで第2日が行われ、アルペンスキー女子滑降座位で村岡桃佳(早大)が今大会日本勢の初メダルとなる銀メダルを獲得した。

村岡はソチ大会に続き2度目のパラリンピック出場。

障害の程度が異なる選手が競うこの競技では、公平を期すため、実際のタイムに、障害の度合いに応じた「係数」を掛けた「計算タイム」で順位が決められる。

優勝は、アナ・シャフェルフーバー(25)(独)。

平昌パラ、アルペン村岡桃佳が銀メダルを獲得 今大会日本勢で初
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女子滑降座位の出場選手は6カ国から7人。レースは3人が転倒して途中棄権した。

アルペンスキー女子滑降で
銀メダルを取った
村岡桃佳選手と会えた!
おめでとうございます!!
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「本当に率直に言うと、ほっとしています。デコボコなコースで、先に2人転倒していた。私も何回転倒するか不安、恐怖の中のレースでした。ゴールして、メダルを獲得できてうれしい。私が(日本勢の)メダル第1号になれればいいと思っていた。安心しました」。

・平昌パラリンピックは6競技80種目で競われている

冬季パラリンピックのアジア開催は、1998年長野大会以来20年ぶり。アルペンスキー、クロスカントリースキー、バイアスロン、アイスホッケー、スノーボード、車いすカーリングの6競技80種目で競う。

日本は車いすカーリングを除く5競技に、38選手がエントリー。

▼村岡桃佳選手はパラリンピックの日本選手団の旗手を務めた

日の丸の下、村岡が選手団を先導した。「日本が強いんだというところを見せたい。私の背中が何倍も何十倍も大きく見えるようにしたい」という宣言通り、自信あふれる旗手ぶりだった。

1月に旗手に決まった際、「行進の一番前で、あの光景を見せてもらえる」と喜んだ。「あの光景」とは、初出場した2014年の前回ロシア・ソチ大会の開会式。大勢の観客と華やかなパフォーマンスに感動した。

・普段はお酒が好きな女子大生です

村岡選手は日本チェアスキーチームの紅一点。先輩方にもすごく可愛がられています。

普段、海外遠征で半年以上日本にいないという村岡選手の楽しみは、友だちと会ってしゃべること。お酒は強くないというものの、梅酒はよく飲んでいるそうですよ。

▼幼くして車椅子生活になった村岡桃佳選手の隣りにはいつも父がいた

4歳のとき、家族で買い物に出掛けたスーパーで両足を鉛のように重く感じたという。「横断性脊髄炎」と診断されて車いす生活になったが、積極的にスポーツに取り組み、陸上で全国大会にも出場。

4歳で横断性脊髄(せきずい)炎を発症して車椅子に乗るようになった村岡の隣には、いつも父秀樹さん(48)がいた。

出典車椅子、父も一緒に走った 村岡「銀」 毎日新聞

自分も一緒に車椅子を使って走り、ボールを追ってくれた父の思いを胸に、2度目のパラリンピックで悲願のメダルを獲得した村岡は「支えてくれたたくさんの人がいた。その中で一番近くに家族がいてくれた」と笑顔を見せた。

出典車椅子、父も一緒に走った 村岡「銀」 毎日新聞

秀樹さんは見守るだけではなく、娘と同じ目線を経験しようと車椅子競技に取り組んだ。初めは陸上競技用の車椅子「レーサー」に乗った。うまく進めず、お互いに「どうすれば速く走れるか」を真剣に話し合った。チェアスキーでも滑り、村岡の挑戦に寄り添った。

出典車椅子、父も一緒に走った 村岡「銀」 毎日新聞

・早大の「トップアスリート入試」で入学

高校2年で出たソチ大会で大回転5位、回転9位の成績を残し、15年、パラスポーツ選手として初めて早稲田大のトップアスリート入試に合格した。

15年4月、パラアスリートとして初めて早大の「トップアスリート入試」で入学。村岡のために約600万円の費用で改修した寮で生活し、体育会スキー部で汗を流す。

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