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五輪に歴史あり…話のネタになりそうな"五輪トリビア"を集めてみた


ついに開幕となったリオデジャネイロオリンピック

8月は日本全国でオリンピックが話題になることは間違いありません。そこで、話のネタになりそうなオリンピックのトリビアを集めてみました。これで飲み会の主役になること間違いなし?

第31回夏季オリンピック・リオデジャネイロ大会の開会式が5日夜(日本時間6日朝)、リオ市内のマラカナン競技場で行われた

競技は6日に本格的に始まり、初採用のラグビー7人制、112年ぶりに復帰のゴルフを含む28競技306種目を実施する

オリンピックに関する知識を問うイベントも催されているようだ

本日15時からオリンピックイベント開催です!オリンピックの豆知識をたくさんGetして詳しくなりましょうねっ♪ #チノクラ pic.twitter.com/0xqOVF1GwO

便乗してオリンピックイベントを開催するクイズアプリも…

そこで、重箱の隅をつつくようなオリンピック知識をまとめてみた

実に100年以上の歴史がある近代オリンピック。紆余曲折を経て現代の形へと発展してきた。そんなオリンピックの知っているようで知らない知識の一部をまとめてみました。

第一回大会参加者は金メダルを貰えなかった

金メダルを用意するにもお金がかかる。メダルにはオリンピック憲章で決められた大きさや純度などの細かい基準があり、金メダルには最低でも6グラムの金が使用されていないといけない。従って、金メダルはまさに"金メダル"なのだが、第一回大会では金メダルが用意されなかった。ビンボーって辛いね。

アテネオリンピックは、1896年4月6日から4月15日まで(当時のギリシャのユリウス暦では3月25日から4月3日まで)、ギリシャのアテネで行われた夏季オリンピック[

財政事情により、第1回オリンピックでは金メダルは無く、優勝者には銀メダル、第2位の選手には銅メダルが贈られ、第3位の選手には賞状が授与された。

現在のように優勝者に金メダルが贈られるようになったのは第2回のパリ大会から。

第一回アテネ五輪の"自由形"は平泳ぎだった

自由形と言えばクロールである。最速泳法であるクロールの王者は競泳界の覇者であるとされている。しかし、かつて自由形といえば平泳ぎだった時代がある。時代が違えば日本の北島が競泳キングとなっていた…かもしれない。

実は、もともと水泳競技は自由形だけであった。1896年の第1回アテネ・オリンピックでも実施されたのは自由形だけ。速く泳げれば、泳法は何でもよかったのだ。

そして、当時主流だった泳法は平泳ぎであった。一応、背泳ぎはあったが、まだクロールの普及前であり、泳ぐときに両手を別々に使う概念は少なく、背泳ぎも平泳ぎを裏返しにしたようなものだった

そのため、第1回アテネ・オリンピックの自由形は平泳ぎで行われた。

第二回のパリ五輪ではなんと"賞金"が出た!

当時はまだ近代五輪の存続が危ぶまれるような状況であり、大会運営組織はありたあらゆる手段を使って盛り上げようとした。なんと賞金が出る競技まであったのだ。

欧州の貴族たちが始めた近代五輪では、当初アマチュアリズムが重視されていた。しかし、1900年の第2回パリ大会では様相が違った。

五輪の存続自体が危ぶまれるような状況で、万国博覧会との同時開催によって難局を乗り切ろうとしていた。大会は5カ月以上にわたって続き、その中で正式競技以外にいろんな競技がお目見えした。

自動車レース、魚釣り、たこ揚げ大会、気球競争......。これらはいずれも賞金付きの競技だったという。五輪競技なのか、万博の余興なのか、分からないような状態だ。

一部の競技には公然と賞金も出され、たとえば陸上の幅跳びは1等4000フラン、馬術の障害競走では1等に6000フランが与えられた。クーベルタンの理想はどこへやら、である。

なんか半端だな…60メートル走が行われたことがある

1900年、04年大会で行われた。「100年の歩み」によれば、1900年大会の金メダルは米国人で、記録は7秒ちょうど。

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