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【日本史】朝鮮出身の「日本代表」孫基禎さん…センター試験で出題された五輪選手についてまとめてみた


2016年のセンター試験でオリンピックに関する出題があったらしい…

・2016年の大学入試センター試験「日本史B」の第6問は、日本とオリンピックとの関係について問う、一風変わった出題内容だった。そしてその文章の中で、朝鮮出身のマラソン選手孫基禎さんが日本代表として金メダルを獲得した事が取り上げられており話題になっている。孫さんとはどういう選手だったのでしょうか。

第6問の近現代史では、2020年の東京オリンピック開催の決定を意識してか、オリンピックをテーマとした問題になったことを掲載している。

・少し変わった出題内容だった。

1936年の国際オリンピック委員会(10C)総会で,東京はへルシンキを破り,1940年大会の開催都市に選ばれた。この総会のあと引き続いて開幕したべルリン大会では,植民地出身者も日本選手団の一員として出場しており,朝鮮出身のマラソン選手孫基禎(ソンギジョン)が金メダルを獲得した

・問題文の中にこうした文章が・・・。

センター試験で取り上げられ、改めて注目を集める「孫基禎」選手ってどんな方なの?

・1936年、「日本選手団」として金メダルを獲得した韓国人選手

スポーツで韓日両国の不幸だった過去を代表する人物がいる。ベルリンオリンピック(五輪)の英雄、孫基禎(ソン・ギジョン)だ。

・当時の植民地支配を象徴するような、彼にまつわる悲しいエピソードがあるという。

1936年ベルリン・オリンピックのマラソン競技に日本選手として出場,2時間29分19秒2のタイムで優勝した。

彼はマラソンで初めて2時間30分の壁を破った世界的な英雄だった。

日本「代表」としてマラソンに参加し、2000年に高橋尚子選手がシドニー大会でメダルを獲るまで、この競技で唯一の金メダルを日本にもたらしていた

・2000年までは「日本唯一のマラソン金メダリスト」だった孫さん。本来は韓国人だったのに、当時の植民地支配の影響で日本人として出場する事になった経緯があったとは…。

・栄光のはずの表彰式では、複雑な表情も…

月桂冠をかぶって表彰台に立った孫氏の胸には、日章旗が大きく描かれていた

・この日章旗をめぐり、後に騒動になる。

「オリンピックに出場するまで、優勝者の栄光をたたえて国旗を掲揚し、国歌が演奏されるという儀式を知らず」、表彰式では戸惑った。

表彰台の上で日章旗が上げられるのを直視できず、君が代を聞きながらうつむかざるを得なかった。

五輪マラソン金メダルを首にかける栄光に輝きながらも笑えなかった

ベルリン五輪マラソン3位で銅メダルを首にかけた南昇竜(ナム・スンリョン)が「孫基禎が1位になったことより、胸の日章旗を隠せる苗木を持っているのがうらやましかった」と語った

・孫さんと同じくメダルを獲得した、朝鮮出身の選手はこのように語っている。

・当時、孫さんのメダル獲得に関する報道をめぐり騒動となった

この快挙を報道した《東亜日報》は孫選手の胸の日の丸を黒々とぬりつぶした写真を掲載

・植民地支配に対する、現地マスコミによる反発の象徴的な出来事だった。

翌日、総督府と日本軍司令部が大騒ぎになったのは、言うまでもない。 同事件により、東亜日報は無期停刊処分を受け、李吉用ら50人余りも連行されて、記者8人が逮捕される事件となった。

・植民地支配時代における言論弾圧事件の象徴として知られている。

このため、10月になって帰国した孫には警察官が張り付き、朝鮮内で予定されていた歓迎会も大半が中止される事態になった

・ベルリン五輪を終えて汝矣島空港に帰国した直後、警察に囚人のように連れられていく写真も残されている。

南昇龍さんの勧めで入学した東京の明治大学では「陸上はやらない」という約束で走ることをやめた。

・マラソンによって得た栄光によって、陸上を止める事になってしまった孫さん…。

・その52年後、ソウル五輪で「韓国人金メダリスト」として聖火ランナーに

再びマラソンと関わるようになるのは、日本が戦争に敗北し、朝鮮が独立を回復してから

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